9月8日(水)
仲間がいれば「可能性は無限大!!」
――この大会を一言で表す言葉を色紙に書いていただきましたが、どのような思いで書きましたか。
道下:私は苦手なことがいっぱいありますが、一人でできないことは二人で、二人でできないことなら三人と、たくさんの仲間を作ることで、様々なことが出来てきました。夢も叶えられ、どんどん可能性が広がっています。だからこの言葉を書きました。
――レースでは3時間0分50秒というパラリンピックレコードで金メダルを獲得されました。
道下:リオ2016大会からこの日のために、すごく準備をしてきてリオで出来なかった、後半にスピードアップしていくという、自分らしい走りを仲間がさせてくれました。だからこその金メダルなので本当に感無量です。
――東京の街を走られていかがでしたか。
道下:オリンピックスタジアムから東京の街を駆け抜けて、再び競技場に帰ってくるっていう、本当に最高の舞台を作っていただきました。最高のガイドランナーと、最強の応援団がいたから成し遂げた結果だと思っています。
――エレーナ・パウトワ選手(RPC)との競り合いを制し、30km以降は独走という展開になりましたね。
道下:想像していたレース展開通りでした。いくつかレースパターンを考えていた中で、志田さんが一番私らしい勝負ポイントを見極めてくれました。また前半の青山さんも、後半に向けて準備できるようにペースをキープしてくれたので、とても幸せな42.195kmでした。
「まだ終わってほしくない」という思いで走っていた
――フィニッシュの瞬間はどのような気持ちになりましたか。
道下:正直、「まだ終わってほしくない」という思いで走っていました。最後の200mぐらいから「もうこのままゴールできるな」というのを実感して笑顔になってしまいました。それでも志田さんは、最後まで冷静にフィニッシュへと導いてくださり、私はアスリートとしてまだまだだなと感じました。
――リオからの5年間メダルを取るために強化してきたところは。
道下:気持ちの弱い部分があったので、「すべてを味方につけよう」という思いを持って過ごしてきました。伴走仲間ももちろんですが、地元で応援してくださる方や取材してくださる皆さんも味方につけようと思いました。東京2020大会は、「最強の応援団を作れば、私は勝てる」と、チームワークも含めてしっかり取り組んできました。
――レースを評価すると何点ですか。
道下:終わってから、みんなで話をしたのですが、本当に思い描いたレースができたので、すごく気持ちよくて100点満点ですね。
志田:100点、それしか付けられないな。 志田さんはパラリンピックを走られていかがでしたか。 志田 実業団の頃に1度だけ日本代表として走ったことがあり、再び日の丸をつけて走りたいという思いをずっと抱えていました。まさかこの世界で、また日の丸をつけて走れるっていうのは考えもしなかったので、幸せです。
――道下さんとペアを組んで走る中で一番心がけたことは。
志田:この大会で「金メダルを取る」という目標を掲げていたので、何をやるにしてもそこにつなげるように、練習や掛け声をひとつとっても、金メダルというのを意識して彼女に伝えてきました。
競技を通じて、みなさんの懸け橋になるのが私の使命
――青山さんから見て、リオからの5年間で道下選手が変わったところはありましたか。
青山:すごく堂々と落ち着いてたくましく走ってるなと、隣で走っていて感じました。心も体も、この5年間かけて強くなっていて、きつい練習にも逃げずに向き合ってきた成果を発揮できたなと感じます。すごく暖かい気持ちで走ることができました。
――今後はどのように競技と向き合いますか。
道下:正直、今まだ終わったばかりで、年齢も44歳なので少し経って先のことは考えたいなとは思っています。このブラインドマラソンと出合って、本当にたくさんの仲間に恵まれ、様々なことに挑戦をすることができました。競技を通じ、みなさんの懸け橋になるのが私の使命かなと思っているので、つながりを持ち続けながら、未来を想像していきたいと思います。
東京パラ五輪 女子マラソン(T12) 金メダル 道下美里、青山由佳(ガイド)、志田淳(ガイド)